雑談の広場



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[ 1212 ] Re:落日3-2-2
[ 名前:maxi  [ 日付:2010年11月12日(金) 02時41分 ] 
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翌晩。何度赴任先のアパートに掛けても連絡の取れない夫のことを彩子は心配していた。漸く電話が繋がったのは、もうすぐ零時を回ろうかという頃だった。
「やっと繋がったわ……。拓雄さん?あのことで話を……」
「何だ、彩子か……。すまんが、また今度にしてくれ……」
 酔っ払ってはいるものの、取り敢えず夫が無事であることに安堵した途端、彩子は平日の夜だというのに夫が酔い潰れていることに腹を立てた。
拓雄の手から滑り落ちた受話器がテーブルにぶつかる派手な音が、苛立ちを込めた溜息を吐く彩子の耳を打った。
『んもぅ、課長ぉ。もう寝ちゃったんですかぁ。まだこれからじゃないですかぁ』
 電話越しに夫に呼びかけていた彩子は、不意に若い女の甘えた声を聞いた。拓雄を課長と呼んでいることから会社の部下らしいが、
女性をこんな時間に部屋に上げるのは非常識ではないか。それにあの甘えた声。彩子はますます苛立った。
 電話の向こうでは酔いつぶれた拓雄を起こそうとしていた女が、繋がったままの電話に気付いた。反応を探るような声に、彩子は努めて冷静な声で名乗った。
「あっ、課長の奥様でございますか。初めまして、望月課長の下で働いております片瀬と申します」
 はきはきした女の声に、一言文句でも言おうかとしていた彩子は気勢をそがれていた。
「いつもはこんなことないんですけど、課長、今日は悪酔いしたみたいで。あの、急を要するご用件でしたら、私が代わりに……」
 『いつもは』という言葉が心に引っ掛かり、実直な夫を信頼して、単身赴任先での生活を疑うことのなかった彩子の心に小さな亀裂が走った。
夫の浮気という疑念に彩子は胸騒ぎを覚える。
(落ち着いて……。あゆみだって居るんだもの、拓雄さんを信じましょう)
 湧き上がった疑念を彩子は抑え付けた。まだ浮気の証拠はない。ただ酔っ払った夫を介抱しているだけなのかもしれない。
「いいえ、大した用事ではありませんのでまた後日掛け直します。娘のためにも躰に気を付けるようにだけ伝えておいてください。
片瀬さん、仕事でもないのに夫が面倒をおかけします」
「そんなことはないですよ。課長にいつも助けてもらってばかりいますし、恩返しみたいなものですから。それでは奥様、課長のことは私にお任せください。失礼します」
 静かに受話器を置き、彩子は溜息を吐いた。拓雄のことを慕っているような片瀬の口調にもやもやとした疑念が再び沸き起こる。上司としてならばいいが、そうでなければ……
 再び溜息が漏れた。あゆみの寝顔を確認してから一人寝のベッドに戻った彩子は、くさくさした気分を自分の指で紛らわせて漸く眠りに就くことができた。
そして三日連続で、父親との、そして飼い犬との行為を夢で見た。