雑談の広場



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[ 1216 ] Re:落日3-4-1
[ 名前:maxi  [ 日付:2010年11月12日(金) 02時44分 ] 
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 突然のコール音が彩子を現実に引き戻した。
 最初のうちは無視を決め込んでいた彩子だったが、長く続く電子音に、あゆみに何かあったのではないかと急に不安になっていった。
美味しそうに蜜液を舐め取っている飼い犬を強引に引き剥がし、覚束ない足取りでカウンターキッチンの上の子機を取り上げる。呼吸を整えて通話ボタンを押した。
「彩子か? 俺だ。――少し時間ができたから、ちょうどいいと思ってな」
 電話の相手は夫だった。昨晩までとは違って、その声にはオドオドとした感じがなくなっていた。
あの後、男としての自信を取り戻すようなことがあったに違いない。もやもやしたものが彩子の心に忍び込む。
「もう、拓雄さんだったの……。あゆみに何かあったのかと思ったじゃない」
 お楽しみを途中で切り上げさせられた怒りも相俟って、彩子の言葉には知らず知らずのうちに刺が含まれていた。
「――それは悪かったな」
 妻のぞんざいな物言いに拓雄はムッとしたが、今日のところは彩子を怒らせるわけにはいかないと、怒りの感情を呑み込んだ。
「で、なに?」
「いや、その、なんだ……。すまなかった、昨日は……。なあ彩子、誤解しないでくれよ。彼女はただの……」
「あははっ、誤解なんてするわけないじゃない。彼女、片瀬さんっていったかしら、感じのいい人ね……。夜遅くまで付き合わせて。彼女にお礼は言ったの?」
 何も訊いていないのに誤解するななんて、浮気していたのを白状しているようなものじゃないかと、途端に彩子は腹を立てた。
これ以上言い訳は聞きたくないと、夫の話に割って入る。
今の生活を守るためには、夫の浮気に気付かない鈍感な妻になるしかないと、浮気への疑念を微塵も見せずに明るく振舞いながら。
「いつもお世話になっているんでしょ? 拓雄さんの面倒を色々看てもらって助かりますと、私の代わりに伝えておいて」
「ああ、わかった。伝えておくよ」
 夫の安堵した声に苛立ちを感じたものの、愛娘の将来を考えて怒りの感情を呑み込んだ彩子は、飼い犬のことを完全に失念していた。
「キャアッ!」
 いきなりザラザラした舌に秘裂を舐め上げられて、彩子は悲鳴を上げた。
「どうした、彩子!」