雑談の広場
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[ 1232 ]
Re:落日4-2-1
[ 名前:
maxi
]
[ 日付:
2010年11月12日(金) 02時55分
]
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[1229]親コメントを読む
[1229]ルートを読む
2
夏休み直前になり、母親と過ごす時間が増えることをあゆみは素直に喜べなかった。健気な娘はこのところ、
太陽が沈むと変貌する母親の顔色を窺ってばかりで、母親の機嫌が悪くなる原因が自分にあるのではないかと悩んでいたのだった。
学期末テストの答案用紙を受け取った母親が、どことなく上の空で無関心ともとれる反応だったことも幼い心に重くのしかかっていた。
いっそのこと、全体的に悪くなった成績を怒られた方がまだましだとさえ思うほどだった。
毎晩散歩に出掛ける母親をあゆみは悲しげな瞳で見送り、眠い目を擦りながらその帰りを待っていた。
だがそれも、起きていたことを怒られてからは、そっと部屋の窓から覗くだけになり、時には帰りを待ちきれずに眠ってしまうことすらもあった。
だが、そんなあゆみに待ち焦がれていた日が訪れた。大好きな父親が二週間ぶりに家に戻ってくるのだ。
「パパ、おかえりー」
チャイムが鳴るや否や玄関に走って行ったあゆみは、靴も履かずに玄関を飛び出し、
にこやかに笑っている父親の胸に飛び込んだ。愛娘の頭を優しく撫でながら、拓雄はただいまを言い、娘とともに玄関のドアをくぐり抜けた。
「おかえりなさい、拓雄さん」
明るい妻の声に、幾分ホッとした様子で拓雄はただいまを言った。変わらない笑顔の妻にぎこちなく笑いかけ、差し出された手に鞄を渡す。
「ごくろうさまでした」
仕事に疲れた夫に労いと感謝の言葉を残して、彩子は受け取った鞄を手に家の奥へと消えて行った。
「ん? あゆみ、どうかしたのか?」
水色のサマードレスの後姿をじっと見ている娘に気付いて、拓雄が声を掛ける。
「ううん、なんでもないよ。ねぇ、パパ。おみやげはー」
父親に心配を掛けまいと、あゆみは笑顔を作る。
「ほら、あゆみの大好きなチョコレートのケーキだぞう。後でみんなで食べような」
「うわぁ……。溶けないように冷蔵庫に入れてくるね」
差し出された菓子折を目を輝かせて受け取り、大事そうに抱えてあゆみはキッチンへと歩いていった。
一人玄関に残された拓雄は、ふと誰かに見られている感じがして振り向き、
ドアの隙間から飼い犬が覗いていることに気付いた。その視線から微かに敵意のようなものを感じる。
「お、おぉ、ジョン。ただいま……」
声を掛けた拓雄と目が合った瞬間にジョンはすっと姿を消した。拓雄は首を傾げながらドアを閉め、
鍵を掛けた瞬間には飼い犬の不思議な行動のことなど、すぐに頭の隅に追いやってしまっていた。
「あゆみはもう寝たのか?」
「ええ。拓雄さんが帰ってきたのが余程嬉しかったみたいね」
リビングで洋画のテレビ放送を上の空で観ていた拓雄は、娘を寝かし付けて戻ってきた妻を振り返った。
その顔色を探り、いつもと変わらない様子に安堵する。
「――あゆみったら、変なこと訊くのよ。今日はジョンの散歩に行かないのかって……。行かないわって言ったら、嬉しそうな顔をするし……」
夏休み直前になり、母親と過ごす時間が増えることをあゆみは素直に喜べなかった。健気な娘はこのところ、
太陽が沈むと変貌する母親の顔色を窺ってばかりで、母親の機嫌が悪くなる原因が自分にあるのではないかと悩んでいたのだった。
学期末テストの答案用紙を受け取った母親が、どことなく上の空で無関心ともとれる反応だったことも幼い心に重くのしかかっていた。
いっそのこと、全体的に悪くなった成績を怒られた方がまだましだとさえ思うほどだった。
毎晩散歩に出掛ける母親をあゆみは悲しげな瞳で見送り、眠い目を擦りながらその帰りを待っていた。
だがそれも、起きていたことを怒られてからは、そっと部屋の窓から覗くだけになり、時には帰りを待ちきれずに眠ってしまうことすらもあった。
だが、そんなあゆみに待ち焦がれていた日が訪れた。大好きな父親が二週間ぶりに家に戻ってくるのだ。
「パパ、おかえりー」
チャイムが鳴るや否や玄関に走って行ったあゆみは、靴も履かずに玄関を飛び出し、
にこやかに笑っている父親の胸に飛び込んだ。愛娘の頭を優しく撫でながら、拓雄はただいまを言い、娘とともに玄関のドアをくぐり抜けた。
「おかえりなさい、拓雄さん」
明るい妻の声に、幾分ホッとした様子で拓雄はただいまを言った。変わらない笑顔の妻にぎこちなく笑いかけ、差し出された手に鞄を渡す。
「ごくろうさまでした」
仕事に疲れた夫に労いと感謝の言葉を残して、彩子は受け取った鞄を手に家の奥へと消えて行った。
「ん? あゆみ、どうかしたのか?」
水色のサマードレスの後姿をじっと見ている娘に気付いて、拓雄が声を掛ける。
「ううん、なんでもないよ。ねぇ、パパ。おみやげはー」
父親に心配を掛けまいと、あゆみは笑顔を作る。
「ほら、あゆみの大好きなチョコレートのケーキだぞう。後でみんなで食べような」
「うわぁ……。溶けないように冷蔵庫に入れてくるね」
差し出された菓子折を目を輝かせて受け取り、大事そうに抱えてあゆみはキッチンへと歩いていった。
一人玄関に残された拓雄は、ふと誰かに見られている感じがして振り向き、
ドアの隙間から飼い犬が覗いていることに気付いた。その視線から微かに敵意のようなものを感じる。
「お、おぉ、ジョン。ただいま……」
声を掛けた拓雄と目が合った瞬間にジョンはすっと姿を消した。拓雄は首を傾げながらドアを閉め、
鍵を掛けた瞬間には飼い犬の不思議な行動のことなど、すぐに頭の隅に追いやってしまっていた。
「あゆみはもう寝たのか?」
「ええ。拓雄さんが帰ってきたのが余程嬉しかったみたいね」
リビングで洋画のテレビ放送を上の空で観ていた拓雄は、娘を寝かし付けて戻ってきた妻を振り返った。
その顔色を探り、いつもと変わらない様子に安堵する。
「――あゆみったら、変なこと訊くのよ。今日はジョンの散歩に行かないのかって……。行かないわって言ったら、嬉しそうな顔をするし……」