雑談の広場



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[ 1251 ] Re:落日4-7-3
[ 名前:maxi  [ 日付:2010年11月12日(金) 03時08分 ] 
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「無用心だな……」
 玄関の鍵は掛かっておらず、靴が脱ぎ散らかされていた。
 夫婦の寝室の方から微かな物音が聞こえ、まさか泥棒に入られたのではないかと、
拓雄は側にあったゴルフクラブを握り締めて、静かに家の中に入っていった。
 近付くにつれ、その物音が妻の悩ましげな声であることに気付いた拓雄は、妻の浮気現場にかち合ってしまったかもしれないと血の気が引いた。
薄氷を履む思いで静かにドアノブを回し、わずかに開いた隙間から寝室の光が洩れ出す。不貞を働いている妻の声と腰を打ち付け合う音が、夫の耳にはっきりと聞こえてくる。
「あふぅ……、あさって、あの人が帰って来るの……。あんっ、明日になったらお掃除をして……、ぁはぁっ……、あの人の妻に戻らないと……」
 妻の独白に衝撃を受け、ドアの向こうの現実を暴くことへの恐怖に拓雄は動きを止めた。切迫していく妻の喘ぎ声に耳を塞ぎたくなる。
「んっ、んふぅっ……。だからっ、またアナタのものに、なるのは月曜までお預けっ、はぅん……。ぁあっ、もっと注ぎ込んで……、アナタの子種をたっぷり注ぎ込んで……」
 そして、妻のあられもない卑猥な言葉が拓雄の耳に飛び込んできた。夫の子種だけを受け入れるべき器官に、
誰とも知らぬ男のものが注ぎ込まれている。脳が沸騰するような怒りが真実を知る恐怖を吹き飛ばした。
「何をしているんだ、彩子!」
 怒りに震える手で鈍く光ったクラブを握り締めた拓雄は、雄叫びを上げて不貞な妻とその愛人の居る寝室へと飛び込んで行った。

『田宮先生! お願いです! ジョンを、ジョンを助けてください!』
 一日の診察と預かっている動物たちの世話を終えて寛いでいた獣医は、密かに気に掛けている人妻の電話による必死の救援に、診察道具を携えて望月家へと車を走らせた。
 明かりの点いていない玄関口で、飼い犬に必死に呼びかけている人妻の声を聞いた田宮は、インターフォンを押しかけた手でドアを開けると、暗い家の中へと飛び込んだ。
 暗い廊下に明かりの洩れるリビングから、泣き叫ぶ人妻の声が聞こえている。靴を脱ぎ捨て、リビングの入り口に立った田宮は、濃い血の臭いに口元を押さえた。
 リビングの中央に、裸身を真っ赤な返り血に染めた彩子が、ぐったりとしているジョンを抱えて必死にその名前を呼んでいた。
「お……、奥さん」
 凄惨でいて妖しい美しさを放つ人妻の姿に、田宮の喉が張り付く。
「先生……。夫が……、夫がジョンをゴルフクラブで殴ったの! 先生! ジョンが目を開けてくれないの!」
 愛しい牡犬を助けに来てくれた獣医に、彩子が泣き腫らした目を見開いて叫ぶ。この距離ではまだ、
ジョンの容態がはっきりとはしないが、ぐったりとした様子から危険な状態であることは判る。田宮は診療鞄の持ち手を握り直した。